小松台東『明るい家族、楽しいプロレス!』






    




《演劇》小松台東




タイトル:『明るい家族、楽しいプロレス!』



作・演出: 松本哲也


■■出演


瓜生和成(東京タンバリン)


永山智啓(elePHANTMoon)


佐藤達(劇団桃唄309)


異儀田夏葉(KAKUTA)


今藤洋子


川村紗也


久我真希人(ヒンドゥー五千回)


吉田電話(クロムモリブデン


松本哲也



■■スタッフ


舞台監督:内山清人(サマカト)
音響:佐藤こうじ(SugarSound)
照明:南香織(LIGHT-ER)/ Nope(劇団スカブラボー)
演出助手:福名理穂(ぱぷりか)
宣伝美術:土谷朋子(citronworks)
舞台撮影:保坂萌
制作:塩田友克
企画・製作:小松台東



■■日程・場所


2016年9月6日(火)〜11日(日)@下北沢駅前劇場






 《感想文》


松本哲也と小津安二郎






観劇したのは日曜日だったけれど、その日も仕事で同僚が出社していたからサボる訳にもいかず、観劇後に会社に向かったのであった。何をやったんだったっけ? たしか在庫のカウントにけっこう時間がかかって結局夜遅くなってしまって、蔦屋に寄って観ないままのDVDを返したのだけど、昼に観た小松台東の影響で無性に小津安二郎を観たくなって、蔦屋にある小津安二郎を全部借りて観たかったけれど、どうせどうせ観られないのは分かっていたので、『秋刀魚の味』だけを借りて帰宅したのであった。



秋刀魚の味』は、老年の淋しさという明確なテーマが描かれており、観るポイントを掴みやすいからかもしれないけれど、淡々と展開してゆくストーリーに飽きることなく、ワンシーンワンシーンにぐっと見入ってしまうのであった。日曜日に観劇した小松台東もそのようであった。



小松台東の作品を観劇するのは3度目で、松本哲也の作品を観劇するのは4度目であった。初めて観た『山笑う』や次に観た『想いはブーン』では宮崎弁のインパクトが強かったので「宮崎」という視点に着目して観ていたのだけど、前回観た『勇気出してよ』くらいから、宮崎という縛りを意識せずに直に人を観ることができるようになってきて、今回観た『明るい家族、楽しいプロレス!』も人をつぶさに観ることができた。



そうやって人を観ていると出てくる人みんな一人一人のこころの奥が見え隠れしてきて、いま僕が観たい演劇というのはこういう演劇であって、「いま僕は一番いい演劇を観ている!」という実感が湧いてくるのであった。






平田オリザ小津安二郎




そもそも演劇ということで言えば、青年団平田オリザ)を観劇する際に、小津安二郎のことを想うべきかもしれない。なぜならば、平田オリザが開拓した現代口語演劇、いわゆる静かな演劇は、既存の演劇スタイルのアンチテーゼという意味合いが強いけれど、そのルーツをたどれば小津に行き着くはずだし、両者のスタイルは親和性が高いからである。



しかし、意外にも青年団を観劇して小津安二郎を想ったことがない。強いて言えば、『眠れない夜なんてない』は小津を彷彿させるけれども、平田オリザ小津安二郎はどうも違うような気がする。


《劇評》青年団「眠れない夜なんてない」



評者:泉尚子


タイトル:夢見る力に何かができるか?







撮影:青木司




何が違うのか?



平田オリザ小津安二郎とは近いようでいて、世界の見方、捉え方が違うように思う。平田オリザの作品を観ていて感じるのは、彼は社会を見ているということである。当然、人も見ているのだけれど、まず社会があって、その社会、その時代に生きる人を描いているように感じる。



対して、小津安二郎は人を観ていると感じる。もちろん、その時代背景やその人の過去が色濃く出てくるのだけど、まず人がいて、その人を見つめていると、その時代、その社会が見え隠れしてくるというように感じる。







松本哲也と小津安二郎




では、今回観劇した松本哲也(小松台東)はどうか? 彼は後者である。彼が描いているのは人である。確かに松本哲也が描く作品から、宮崎という場所は切り離せないし、宮崎弁という言葉も切り離せない。



う〜ん、どっちやろ?



宮崎という場所がああいう人々を生み、宮崎弁という言葉がああいう人々を引き付け合うのだろうか?



う〜ん、どっちやろ?



鶏が先か、卵が先か? そんなことを決める根拠はどこにもないが、「卵は鶏ではない」ということだけは確かである。


by 建築家・倉田康男

倉田先生のロジックに習えば、「社会が先か、人が先か?」、そんなことは分からんが、「人は社会ではない」ということだけは確かなのだ。人を見つつ社会を捉え、社会を見つつ人を捉える、この両方が必要なのは間違いないのだけど、描くのはどちらかだ。



ここは独断と偏見で決めさせてもらおう



エイヤー!!


作家が描くもの



平田オリザ=社会


小津安二郎=人


松本哲也=人



こう考えると面白いのは、平田オリザから松本哲也へと至る流れである。松本哲也という演劇人がどこから出てきたのかはよく知らない。ウィキペディアで調べても巨人の松本哲也しか出てこないし、おそらく松本は平田チルドレンではない。






平田オリザと平田チルドレン




いわゆる平田チルドレンと呼ばれる演劇人で言えば、岡田利規チェルフィッチュ)や前田司郎(五反田団)や多田淳之介(東京デスロック)や松井周(サンプル)という面々が思い浮かぶ。しかし、実は彼らは平田オリザ青年団)のスタイルを引き継いでいない。これは平田オリザがそういう人であるということに起因しているが、平田はじしんと異なる才能を持つ演劇人をじしんとは異なる方へ育てているし、じしんのスタイルをそのまま継承させてはいない。



だから、いわゆる平田チルドレンからは平田オリザの後継者は出てこない。





チェルフィッチュ「わたしたちは無傷な別人であるのか?」 撮影:佐藤暢隆




五反田団『さようなら僕の小さな名声』©五反田団




東京デスロック『東京ノート』 撮影:石川夕子




サンプル「あの人の世界」2009年 Jun Ishikawa






松本哲也と平田オリザ




このような事情から、もし平田オリザの後継者が現れるとすれば、それは平田のスタイルと親和性の高い演劇人が自然発生的に生まれる場合である。松本哲也がそれにあたるかもしれない。



小松台東(松本哲也)を観劇してつくづく思うのは、「現代口語演劇」という観点から見ても面白いということである。先にも触れたように平田オリザが描いているのは《社会》であるのに対して、松本哲也が描くのは《人》である。現代口語という観点でいえば《社会》よりも《人》に着目すべきであり、松本哲也は自然とそれができている。もしかしたら平田が「現代口語演劇」でできなかったことを松本がやっているかもしれないし、今後やるかもしれない。



小松台東(松本哲也)をこういった観点でみてみると興味深い。





小松台東「想いはブーン」(photo:保坂萌)






明るい家族、楽しいプロレス!




さて、『明るい家族、楽しいプロレス!』はどうであったか? タイトルにあるとおり、この作品はプロレスがモチーフになっているのだけど、一言で言えば、「男の弱さ」について描かれた作品であった。



中島家という、宮崎のとある一家が描かれており、主人公は小学校6年生の長男。長男といってもお姉ちゃん(長女)との二人きょうだいで、弟や妹がいるわけではない末っ子。彼がプロレス好きで、プロレス雑誌を読みふけったり、プロレスのビデオを見ようとしたり、近所の友だちとプロレスごっこをしようとしたり、スタン・ハンセンの



ウィーーーー!



というかけ声のモノマネに象徴されるように、彼の鬱屈とした感情が「プロレス」を通すことによって少しばかりかもしれないけれど、解き放たれる。





確かに、



テンションあがるぅーーーー!!!!!



そんな少年ではあるが、けっして強い男の子ではない。お姉ちゃんとケンカをすればボコボコにやられるし、お母さんにもかなわない。街にプロレス雑誌を買いに行ってカツアゲに会うというエピソードが語られていたように、学校でも目立たない内気な少年だと思われる。



そんな少年がプロレスに夢中になって、強い男に憧れてつつ、その一方で、決して強い男にはなれないじぶん、現実を受け入れつつ、成長してゆくであろう姿が描かれている。しかし、この作品はこれに留まらない。



中島家にはとうぜん、お父さんもいるし、おじいちゃんもいる。さらに友だちの誠くんもいるし、お姉ちゃんがどうやら好いているらしい同級生の隼人くんもでてくる。あと土井とかいうお父さんの知り合いらしい、胡散臭いおっさんも出てくる。それからお母さんの友だちの毛利さんの息子もいて、彼は野球の強豪校に入って寮生活をしているらしいのだけど、タバコを吸っているのが見つかって退学になってしまう...



この作品で描かれている世界が重症なのは、弱っちいのが、この少年だけではないということだ。出てくる男が、あいつもこいつもどいつも、とことん弱っちいのだ。



男という生き物は、果てしなく弱い。



これは真理であり、根深い問題である。






父の不在




物語は、この少年が学校から家に帰ってきて宿題もせずにプロレス雑誌をみたり、プロレスのビデオを見ようとする様をお母さんがたしなめる、そのやり取りを軸に展開してゆく。そこにお姉ちゃんが帰ってきたり、おじいちゃんがやってきたり、毛利のおばちゃんがきたりして、だんだん中島家をとりまく世界がみえてくる。そして、この一家の異変に気付く。



お父さんがいない!



こう言い切ってしまうと語弊があるかもしれない。お父さんはちゃんと生きているし、出てくるから。でも、確かにいるのだけど、事実上いないのだ。



その事実は、まずお姉ちゃんの様子から察することができる。お姉ちゃんは、おじいちゃんっ子で、おじいちゃんとはうちとけあうのだけど、父親は完全にNGなのである。父親と距離を取ろうとするのは、思春期の女の子にありがちな行為だけれども、どうやらそれだけが理由ではなさそうだ。



対して弟はどうか? これがお姉ちゃんとは逆で、おじいちゃんとは距離を取ろうとするのだけど、父親は受け入れており、そばにいたいという気持ちでいる。



さて、少しばかり遠回しに言ったけれども、この父親はすでに別居しており、いまは家族のところにはいない。ときどき何かしら用事があって、ほんの束の間だけ家に帰ってくる。その繰り返し。



このような家族の異変にしばらく気づかなかったのは、中島家の「母」が竹を割ったような性格で、よくできた人だったからだ。子どもはまだ子どもだし、おじいちゃんはもう現役を引退しているから生活感がない。おばあちゃんは入院しているようで、その看病はそれはそれで大変そうだし、あれもこれも全てのことが、お母さんにのし掛かっていて、いつ潰れてもおかしくないのに、何もないかのように平然としている。そんなたくましい母親の勇姿に、ハンセンとタッグを組んでいたブルーザー・ブロディの姿を見たのは僕だけであろうか。






ブルーザー・ブロディ





母・和子(異儀田夏葉) photo:保坂萌



失礼しました。悪ノリが過ぎました。似ていたのは髪型だけでした.... 汗。。。



そんな母・和子もやはり女性である。夫・康史が帰ってきても、ちゃんと自分をみて話してくれない。そんな情けない夫の姿をみると怒りを覚えるし、本当にがっかりして力が抜けてしまう。頼りない夫だけど、いつか戻ってきて家族を支えてくれる。そう思うからこそ、彼女は頑張れるのであって、決して強い人ではない。



しっかりしろよ! 康史!!



オマエがぜ〜〜んぶわるいんだぞ!!!!!






男の弱さ/男は逃げる




康史は父であることに負けた。祖父・恭平から継いだ会社では、恭平と方針があわず期待に応えられなかった。恭平と一線を画すというスタンスを取ることによってなんとかやっているようだけど、決してうまくいっているようには思えないし、会社を引っ張るリーダーにのし掛かるプレッシャーに負けて、逃げているのであろう。



職場だけでなく家庭でも同じである。というか、こっちは完全に白旗を振っている。すでに別居しているし、子どもたちに「お母さんの幸せは、おまえたちにかかっているんだぞ!」なんてことを声を大にして言ってしまっている。もう、どうしようもない。



嗚呼、康史...



しかし、康史は男の象徴であり、ある意味、男の真実を物語っているのかもしれない。



先にも述べたけれども、弱いのは父・康史だけではない。息子の啓太も弱いし、祖父・恭平も弱い。恭平も康史にもっとちゃんと言えばいいのに言えない。やはり弱い。



はじめは弱いのは啓太だけだと思って観ていた。ところがその父・康史も弱い。祖父・恭平も弱い。男はみんな弱い。世代を遡ってもずっと弱い。どこまで遡っても弱さが無限後退してゆくし、啓太が将来結婚して生まれる息子も、やっぱり弱いのだろう。弱さが永遠にループする。



男はつらいよ....



男はみんながみんな寅さんじゃないけれど、悲しいかな、これもまた真実だと思う。例えば大きな会社に入って経営が左右されるような大きな問題に直面することなく、なんとなしに家族を養い、人生をまっとうするということもある。戦後の混乱期に比べれば、よのなかも随分安定してきているから、大半の人がそういう人生を送るのかもしれない。



しかし、ひとたび会社が倒産なんてことになると大変なことになるし、そのような局面で絶えず前向きでいるなんて人はほとんどいない。たとえ自身はポジティブで前を向いていると思い込んでいても、そういう場合は、たいてい自己の利益のみを露骨に求めてしまっていたり、ズルをしていたり、その歪みが周りにいる人々に及んでしまっているのである。



男は弱くて、いつも逃げている。



そうは言っても、がんばらんといけんのだよ ...



長男・啓太がプロレスを通して見ているのは、本来は強いはずの父・康史である。長女・明子が思いを寄せる隼人くんに見ているのは、不器用だけど本来は優しいはずの父・康史なのである。



家族みんながまた食卓を囲む、そんな希望もまだまだあるではないか。



がんばれ! 康史!!









さてさて、現実にもどろう。





三連休はさすがにまるまる休む訳にはいかないなー





逃げないで、がんばろう! おい! そこのじぶん!!











過去作品《感想文》



小松台東



勇気出してよ


小松台東



想いはブーン


僕たちが好きだった川村紗也




山笑う













阪根タイガース


好評?連載中!こちらもよろしく!!


阪根タイガース日記


好評?連載中!こちらもよろしく!!