宮崎駿『風立ちぬ』
《感想》それでも、生きてゆく
【風立ちぬ】《1》
久々に宮崎駿のロジックを感じられる作品だった。「もののけ姫」以来。宮崎駿は基本的にアンチモダンの人。「もののけ姫」では、人間の営みをほぼ全面的に否定して、ただ「生きること」のみを肯定した。
【風立ちぬ】《2》
今回は、戦争そのものは肯定しなかったが、そこに注がれた「人々の営為」は肯定した。これは宮崎駿が転向したと捉えるよりも、前進したと捉えるべきであろう。なぜなら「もののけ姫」の時と、どこで線引きするかが変わっただけで、ロジックは一貫しているからだ。
【風立ちぬ】《3》
問題は人々の営みの「その先」。その先とは、当時で言えば「戦争」。そして戦後「その先」のデザインを先導してきたのはアメリカだが、そろそろ限界ではないか?
《宮崎駿の引退メッセージ》
みなさん「その先」をどうデザインしますか?
【風立ちぬ】《4》
古谷利裕さんのブログを読んだ。なるほど。確かにそうだ。「二郎/菜穂子」と「アシタカ/サン」の構図、『風立ちぬ』と『もののけ姫』の構図はまったく同じだ。
【風立ちぬ】《5》
菜穂子→風→高原→山→自然(神)
※ ただ二郎は、いわゆる人間とは違い、風(自然)と戯れる人でもある。
※ 正確に言えば、神が菜穂子に憑依している。
【風立ちぬ】《6》
ややオカルト的になるけれども、これは宮崎駿作品に通底した世界観だ。
【風立ちぬ】《7》
菜穂子が山から降りてくる(山の神が憑依している)→二郎と交わる→愛(力)を捧げる→二郎は零戦の開発を成し遂げる→零戦によって多くの人の命が消えてゆく/菜穂子は山へ帰る(神は山へ戻り/菜穂子は身体を蝕まれ消えてゆく)/二郎はただの人となる
【風立ちぬ】《8》
あれ? 『もののけ姫』と『風立ちぬ』は逆か? いや、やっぱり同じか?『もののけ姫』では、神が殺されそうになって、山を焼き尽くす/『風立ちぬ』では、震災、戦争で、人々が焼き尽される。
【風立ちぬ】《9》
宮崎駿は、近代批判を最後まで貫き通したと言うことか… これは、彼が震災や戦争を神話に基づいて解釈したというよりも、やはり人智をこえた力によって、世界は、宇宙は、動いているという彼の信念だと思う。
【風立ちぬ】《10》
ただ宮崎駿自身が、どこまで自分を制御して『風立ちぬ』を描いたのかは分からない。明快なロジックで、確信的に描かれているけれども、もしかしたら、無意識で描いた、つまり神が彼に憑依したのかもしれない。
【風立ちぬ】《11》
さてさて、《3》のツイートのように、アメリカの統制が緩むと新たなパラダイムが芽生えてくると希望的に語ることもできるが、破滅的状況に陥る可能性も大いにある。そうなると、ここ数百年続いてきた近代合理主義的思考が、それこそ全く役に立たなくなるかもしれない(終)
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