イキウメ『表と裏と、その向こう』
《演劇》イキウメ企画・制作
タイトル: 表と裏と、その向こう
作・演出: 前川知大
■■出演
浜田信也、盛 隆二、岩本幸子、森下 創、緒方健児
西牟田 恵、内田 慈、安井順平
■■日程・場所
東京公演:7月 2日(水)〜 6日(日)紀伊國屋ホール
福岡公演:7月12日(土)、13日(日)西鉄ホール
■チケット
こちらから予約できます。
当日券もあるようです(確かではないです)。
極めて完成度の高い傑作でした。観劇をお勧めします。この作品をセンター試験に例えて採点すれば、数学200点、国語200点、英語200点、理科100点、社会100点、計800点満点といった、およそ有り得ないハイスコアを叩き出すことでしょう。しかし《演劇》はそれだけでは満点はとれません。
この作品を観劇することによって、現代演劇の最前線(ここまでは解けているのだけど、ここを突き抜けられるか否かというポイント)が明確に理解できます。「あー、楽しかった」「あー、泣けた」というタイプの作品ではありませんし、トリッキーな演出もありません。非常にオーソドックスな表現手法の作品ですが、というか、だからこそ、「演劇とは何か」「創作とは何か」といった質の高い問題意識を掻き立てられます。
演劇に興味のある方はぜひ!
【追記】
私個人としては、ちょっと問題がでてきました。今まで観劇経験が乏しかったので、予備知識が全くなく、好きたい放題、言いたい放題、率直にものが言えたのですが、この半年で演劇をかなり観たので、若手作家のある傾向に気付いてしまいました。倉持裕『まどろみ』、前田司郎『混じりあうこと、消えること』、前川知大『表と裏と、その向こう』がテーマとしていることの共通性に気付いてしまったのです。「演劇にも傾向ってあるんだ」って。
一言で言えば、「ドッペルゲンガー」や「カプグラ症候群」といった幻視や精神病と言われていたことを、根源的な問題として読み解いて作品化して行こうというスタンスです。
このことを知らないふりして、フォーマリスティックな語りを装ってもいいのですが、それでは私自身つまらないし、こうなったら最後、批評側に立っていてもダメですね。もう、ろくなことが言えない。私もそろそろ創作側へシフトして行こうと思います。ジャンルで言えば《創作評論》とか何だか訳の分からんことになってしまいますが。。。
《私がアンケートに書いた感想》
※ 特に問題となるようなネタバレはありません。難しい作品が苦手な方は観劇前に読んだら参考になるかもしれません。ただし、あくまでも参考までに。
創作とは何か、演劇とは何か。
前川知大さんの作品を観たのは初めてですが、その完成度の高さに驚きました。1シーン1シーンの精度が高く、会話を軸に描くというオーソドックスな手法にも拘わらず、その会話が丹念に練り込まれているため、何だか分からず次へ流されるということが全くなく、1つ1つきっちりと理解することができました。
また舞台の空間構成もうまいと思いました。これも非常にシンプルなデザインですが、複雑な、様々な場面をたった1つのセットで表現することを可能にしていました。
そして俳優の演技力。これは前川さんの力だけではなく、俳優自身の力量に多くを負ってますが、発声も、表情も、細かいしぐさも、激しいアクションも完璧でした。
このように分析的に捉えると、もうケチのつけようがありません。これは内容(物語の構成)についても然りです。「ひきこもり」、「コミュニケーション不全」といった現代社会の抱えている問題を扱いながら、「高度情報化・管理社会」といった近未来像も介入させ、それでいて「運命/意志」「生と死」「時間」といった古典的かつ根源的なテーマを探究し、作品として纏めあげるという手腕はもう流石としか言いようがありません。
以上のように、この作品は減点しようにもできない、得点をつけるとすれば100点満点の傑作です。ただ、それはテストのように採点すればという話であり、《演劇》としてはまだまだ挑むべき問題があるかとも思います。
上演後、会場はなんとも言えない空気でした。その大半が「もっと笑わせてくれよ」や「もっと泣かせてくれよ」、あるいは「だから何なんだ?」と言った不満だったかと思います。ただ、これについては前川さんレベルの作家ならば、やろうと思えばいくらでも応えられるでしょう。
だから、問題はそれではなく、前川さんが主題として取り組んだ「生と死」「時間」というテーマにどこまで迫られたかについてです。この手の問題は答えがない、説明もできないというのが定説ですが、それでもやはり、どこまで迫ることができたのかが問われると思います。このレベルまできたら、哲学とか、心理学とか、物理学とか、文学とか、演劇とか、映画とか、絵画とか、写真とか、建築とか、音楽とか、ダンスとか、漫画とか、アニメとか、etc. もうジャンルは関係ありません。これら全てを引っ括めても、それでも何か突き抜けるものがこの作品にあったかどうか。それが問われる次元に、前川さんの作品は突入してきていると思います。
とまれ、これほど高度な意識でもって作品を観ることは、そうそうありません。最後の方はミラクルを求めるでもなく、答えを求めるでもなく、根源的なテーマと向き合って、必死に感性を研ぎ澄まして、「創作とは何か」、そして「演劇とは何か」をずっと考えていました。このような貴重な機会を与えてくださったことに感謝します。
ありがとうございました。
※ 提出したアンケートに多少手を加えました。
※ photo by montrez moi les photos
【収穫と反省】
先日、新国立劇場で前田司郎さんにご挨拶できました。独特のへなっとした笑みを浮かべた柔らかい雰囲気の方でした。そして今日は、あの岩井秀人さんをロビーでお見かけして、ご挨拶できました。舞台に立っている時はすごい迫力なのですが、普段は普通に優しそうな方でした。
ただ、今日もまた粗相をやってしまいました。ホールが開場するまで紀伊國屋書店本店の人文書コーナーを散策していたら、なんとI課長が突然現れたのです。社会担当になったはずなのになぜ!? 研究会で一度同席させてもらったことはあるのですが、こちらのことはおそらく知らないだろうし、なんかお宅に土足で忍び込んだようで気まずく、挨拶するタイミングを逃してしまいました。何かとお世話になっている方なので、今度はちゃんと挨拶をしよう。
《ニュース》
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会期延長:2008年7月1日(火)〜7月13日(日)
(※規模は若干縮小しています。ご了承ください。)
《とくダネ》
1.『ディスポジション』について
先月の新刊、『ディスポジション』の編者である柳澤田実さんのレポートがアップされています。ここ。
『ディスポジション』の執筆陣も参加する表象文化論学会大会が7月5(土),6日(日)に早稲田大学と東京大学で開催されます。充実してます。
ディスポジション:配置としての世界―哲学、倫理、生態心理学からアート、建築まで、領域横断的に世界を捉える方法の創出に向けて
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2.前田司郎作品について
前田司郎さんを面陳にしています。この作品に対する感想が三島由紀夫賞の選評として、新潮7月号に掲載されており、作家の小川洋子さんが難色を示していたのですが、今公演中の『混じり合うこと、消えること』を観劇して、その気持ちがなんとなく分かりました。「この作品、ついて行けない人にはツライだろうな」って。
僕は『誰かが手を、握っているような気がしてならない』にはついて行けたけど、『混じり合うこと、消えること』は前田さんの作品をいくつか観た経験のある僕でも、ついて行くのが結構キツかったです。特に『いやむしろわすれて草』が好きなタイプの前田ファンにとってはキツイかもしれない(僕もこの作品が大好きです)。
それで「前田さん、こっちの方向へ行っちゃったらマズイんじゃないか」とちょっと心配になったのですが、『混じり合うこと、消えること』の公演パンフレットを読むと、鵜山仁さん(演劇 芸術監督)、白井晃さん(演出家)が、前田さんの歩みをしっかりと理解して受けとめておられたので安心しました。良い先輩がいてよかった。本当によかった。
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《下記のブログにてフェアをご紹介頂いております。》
写真家・福居伸宏氏
人文書界のアニキ!
《ウラゲツ☆ブログ》
気鋭の編集者・ライター 門松宏明氏
《103》
『思想地図』の執筆者・黒瀬陽平氏(美術家・アニメ評論家)
皆様、ありがとうございます!!
※ 新しいフェアを企画しています!!
好評?連載中!こちらもよろしく!!