ままごと『朝がある』
《演劇》ままごと+三鷹市芸術文化センター presents 太宰治作品をモチーフにした演劇 第9回
タイトル:『朝がある』
作・演出: 柴幸男
■■出演
大石将弘
■■スタッフ
舞台監督=佐藤恵
演出助手=きまたまき
振付=吉村和顕
美術=青木拓也
映像=浜嶋将裕
照明=小木曽千倉
音響=岩野直人(ステージオフィス)
衣裳=藤谷香子(快快)
衣裳協力=URBAN RESEARCH
宣伝美術=セキコウ
記録映像=やまもとまき
制作=ZuQnZ [坂本もも/冨永直子]
製作総指揮=宮永琢生
■■日程・場所
2012年6月29日(金)〜 7月8日(日)@三鷹市芸術文化センター・星のホール
《感想文》
えっ、これが太宰!?
「朝がある』舞台 ©青木司
【観劇】@mama_goto
ままごと『朝がある』。漱石の『文学論』の失敗を地でゆく一大スペクタクル。文学を緻密に分析し、およそ文学的とは言えない言葉を羅列する。その結果、文学に着地しているのか否か、現時点では判定不能。私見では俳優・大石将弘の身体が勝った感がある。それもまたよし☆
大石将弘©青木司
【朝がある・1】@mama_goto
今日これから連投ツイートするけど、ままごと『朝がある』の作品の感想じゃなくて、感想を述べるための準備です。異例だな。とりあえずスタート。
【朝がある・2】
ままごと『朝がある』は、太宰治「女生徒」をモチーフに創られたということは前情報として知っていた。ただ柴幸男くんの言っていることには違和感があった。
【朝がある・3】(柴くんのコメントの引用1/3)
空、雲、風、地面、水たまり、女子高生、虹。 太陽から届いた8分前の光、1 時間前の雨、 38年前に作られたアスファルトの上の水たまりの上。 2012年4月1日、8時16分32秒、緯度34.62、 経度135.47、に、表れた、小さな虹。
【朝がある・4】(柴君のコメント引用2/3)
その存在は、誰からも気付かれず、記憶にも残らず、生まれた瞬間に消える存在。だけど、虹は今、確かに存在しているし、同様に、私たちも、今、ここに、存在している。
【朝がある・5】(柴君のコメント引用3/3)
やがて、すべてが死に絶え、消滅し、その存在の記憶すらもなくなっても。虹も、私たちも、朝も、すべて、そこに、ある。
【朝がある・6】
ままごと『朝がある』を実際に観劇すると、やはり違和感があった。「えっ、これが太宰!?」。でも、この違和感は、僕が思っている太宰に対する違和感であって、厳密に言えば、太宰に対する違和感ではない。
【朝がある・7】
ままごと『朝がある』を観劇して、はっとした。確かに僕の思っていた太宰とは全然違う。違うけど、これは認めざるを得ないんじゃないか。もしかしたら太宰ってこういうことだったのかも知れない!
【朝がある・8】
太宰を読んで思うのは、やっぱり文章がうまいってこと。ちょっとピカソみたいなところがあって、書こうと思えばいくらでも書ける。しかも家柄もいい。でも、それじゃダメなんだという… 太宰作品からは、恵まれた天才特有の屈折した文学観・人生観が感じられる。
【朝がある・9】
太宰=天才ということで太宰作品についてはこれまであまり分析的に捉えようという気がおこらなかった。でも、今たまたまピカソの名前が出てきたけど、太宰=天才=ピカソという見方ができて、太宰はピカソ同様、テクニカルなことをかなり徹底してやっていたんだなって改めて思う。
【朝がある・10】
文学でテクニカルと言えば、やはり漱石。頭いいし、語学もできて、英文も漢文も読み書きできるし、なによりよく勉強しているし。漱石は理論的バックボーンがしっかりしている。
【朝がある・11】
だから漱石作品については理論的なアプローチを仕掛けたり、テクニカルな分析をしたり、というのはごく普通に発想できる。でも太宰について分析的なアプローチを行うというのはなかなか思いつかなかった。太宰治発、柴幸男経由で初めて発想した。
【朝がある・12】
【朝がある・13】
夏目漱石『文学論』について
《直観》
漱石、おまえさー、よく勉強しているのはわかるけどさー、動的メカニズムを捉え損ねているから、いくら分析的に緻密にやっても無理だよ。解けるわけねぇーよ。ばーか
【朝がある・14】@arazaru
それで俺が解いてやるよって、前に文章を書いた。『赤シャツをいかにして更生させるのか』ってやつ。《アラザル4号》に載ってる。
【朝がある・15】@ama2k46
これ、同僚の西田くんが反応してくれたくらいで、驚くほど反響がなかった。ま、文章が下手だとか、解き方が雑だとか、問題は多々あるけど、自分としては解法に間違いがないかどうかっていうチェックをけっこう密にやった。
【朝がある・16】
自分が期待していたのは、「この文章、いい線いってるけど、ここの解法間違ってるよ」とかいうコメント。けど、こなかった。ま、当たり前。みんな忙しいし、僕が考えていることを他の人が同様に考えているなんてことはまずない。そういうもんだよ。よのなかって。
【朝がある・17】
僕がやったのは、漱石の『文学論』の問題設定(F+f=文学)はOKだから使うけど、あとは使えないから、俺が考えた独自のルートで解くってこと。
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【朝がある・18】
冒頭にT.S.エリオット(伝統論)を持って来て、グリーンバーグ(前衛論)へ展開する。これ要するに動的メカニズムという観点では《ヘーゲルモデル》と言っちゃっていいと思うのだけど、
【朝がある・19】
グリーンバーグの『アヴァンギャルドとキッチュ』って、エリオットの『伝統と個人の才能』を一歩先に進めた、一種の変形パターンと読み解けるから、これらを繋いで、最後にヴォーリンガー『抽象と感情移入』にぶち込んで、漱石のF+fを解いた。
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【朝がある・20】
ま、反省すると、ヴォーリンガーって物自体にかけるって感じがあって、《ヘーゲルモデル》というより、《カントモデル》って感じだから、この解き方ダメじゃねーってことにもなって、
【朝がある・21】
グリーンバーグだってフォーマリズムをガチで押進めて、形式の自律とか言い出したら、ほとんどカントになっちゃって「アヴァンギャルドとキッチュ」で提示した動的メカニズムを自ら忘れてしまうという…
【朝がある・22】
それに、《カントモデル》ということでは、漱石の『文学論』も評価できるわけだからやっぱダメじゃねーってことになるけどさー、、、
【朝がある・23】
あと、こぼれ落ちている問題について、《ニーチェモデル》(永劫回帰システム)をぶつけて、というかポール・ド・マンがすでにやってるから、それを借用して、
【朝がある・24】
最後にトゥルーマンショー(《デカルトモデル》)を漱石にぶつけて、漱石が思考停止している、超えられない地点を暴いて、突き抜けるという解法ルートを示した。
【朝がある・25】
ま、こういうのをやったんだけど、反響がなかったし、ちょっと最後の《デカルトモデル》に引っ張られすぎたなー、という感があって、というか漱石はデカルトを超えられなかったいう僕の直観は有効だと未だに思えるし、漱石論じるならデカルトだけで十分じゃないか。
【朝がある・26】
ただ一言いえば、利根川進などの科学者が、心身二元論者などとデカルトを安易に批判することには憤りを感じている。デカルトの方法論、プロセス論をもっとちゃんと読めよって言いたくなる。
【朝がある・27】@kantaro_ohashi
デカルトに関しては、大橋完太郎さんの仕事などを興味深く読んだし、今、第一線で活躍する科学者であっても、まだまだデカルトの思考レベルに達してないんじゃない?って思うことが多々ある。
【朝がある・28】
その後、國分功一郎さんが、『スピノザの方法』で《デカルトモデル》に《スピノザモデル》をぶつけるということをやっていて、ここで僕のデカルト信仰が初めて揺らいだ。
【朝がある・29】
ま、こういう経緯があって、最近では漱石の『文学論』をまともに考えようなんていう想いは消えていた。でもまさか、まさか、まっさっかだよ。太宰をモチーフにしたという作品で、僕のなかの『文学論』問題が再燃するなんて!
【朝がある・30】@mama_goto
改めて、ままごと『朝がある』。『朝がある』は極めてテクニカルな、コンセプチャルな作品だった。でも面白かった☆ ストーリーの展開が乏しいから退屈していた観客もたくさんいたけど、ギリギリOKじゃないか。
【朝がある・31】
コンセプチャルな作品が面白いか否かは、どうでもいいことかもしれないけど、この手の作品は現代美術によくあってさー、それが大概つまんなくて、退屈でさー、正直あきちゃってさー、、、
【朝がある・32】
作家がバカな場合は論外として、作家がいい線いってる場合でも、こちらが事前に思考を展開していないとその良さが感知できないし、、、
【朝がある・33】
現代美術の人とか俺とか作品の自律ってよく言うけど、美術って基本的に未だパトロン制だし、かといって市場で評価されている作品が自律してるかっていうのも微妙だし、、、
【朝がある・34】
ままごと『朝がある』に好感を持ったのは、やっぱり楽しかったんだよね☆ 現代美術でもさー、ロバート・スミッソンとかデヴィッド・バーンとかって楽しかったよねー☆☆☆
ロバート・スミッソン
大石将弘1 ©青木司
大石将弘2 ©青木司
大石将弘3 ©青木司
大石将弘4 ©青木司
【朝がある・35】
そうそう、ままごと『朝がある』の一人芝居って、デヴィッド・バーンみたいな面白さがあったんだよねー、「なんじゃ、こいつ!?」っていう☆ ま、このライブ、後でどんどん人増えるけど(笑)
@ama2k46
西田さん、コメントありがとう。確かにご指摘通りです。気持ちとしては「赤シャツ更生2」を書いている、いや結果としてそうなることを祈っている。ただ実情は執筆に本腰をいられる状況ではなくて、執筆に関してはかなり妥協せざるを得ない。ま、それでもOK。とにかく書く☆
【朝がある・36】
ままごと『朝がある』、もう少し続ける。柴幸男くんが太宰治のテクニカルなポイントに何故これほど感度よくアプローチできたのか?について。
【朝がある・37】
柴くんは、『わが星』で岸田戯曲賞を受賞し、その才能を認められた。ただ、あの時、ワイルダーの『わが町』の影響を強く受けているという批判があり、劇作家としての才能を疑問視する声もあった。実際そうかもしれない。
【朝がある・38】
誤解を恐れずに言えば、柴くんは岸田戯曲賞を受賞した劇作家だけれども、戯曲を書ける劇作家ではないかもしれない。
【朝がある・39】
ここで戯曲とは何かという問題が発生してきて、実際に岸田賞の選考委員がどうやって柴くんの劇作家としての才能を見抜いたのかは、よく分からない。
【朝がある・40】閑話休題
今、ちょうど前田司郎さんの小説『濡れた太陽』を読んでいて、これが面白い。前田司郎さんの作品のなかで、これはけっこう重要な作品じゃないかって思う。
【朝がある・41】
前田司郎『濡れた太陽』は高校演劇の話。前田さん本人と思わしき人物も登場する。前田さんってとぼけるでしょ。演劇や劇作のテクニカルのことってほとんど言わないでしょ。それが『濡れた太陽』にけっこう書かれてるんですよ☆
【朝がある・42】
小説をいかにして書くか?(以下引用)「モヤモヤしたものを整理できるのは言葉だけど、だから、小説は言葉ではないのかも知れない。言葉を使っているけど、言葉とはもっと違うものなのかも知れない。」
【朝がある・43】
(中略)「なんか、言葉にできないような微妙なことを、言葉にしちゃったら、違っちゃうから駄目で、それをそのまま小説にすればいいんだ!」
【朝がある・44】
(中略)「太陽は大体、原稿用紙四、五枚くらいまでは書けるのだが、その先がなかなか進まないのだった。(中略)とにかくなんか書いてみよう。そう思って太陽がノートに書き始めたのは会話文だった。」
【朝がある・45】
(中略)「これは小説ではない。ただの落書きだ。そう思うとすらすら書けた。(中略)太陽の体力も尽きたようだった。特に脳みその疲れが大きい。ノートに7枚とちょっと書いた。(中略)原稿用紙にして二十枚くらいは書いたことになる。」
【朝がある・46】
(中略)「自分で読んで、ニヤニヤ笑えるところもある。多分これは面白い。しかし、これは小説ではなく、きっと戯曲だ。太陽は戯曲を読んだことはなかったが、学校で習ったのか、知っていた。俺は戯曲の方が書けるんじゃないか。」
【朝がある・47】
(中略)「つまり太陽にはもう充分に一本の作品を書ききる筋力は付いているのだ。(中略)しかし、太陽には枷があった。それは自分で自分の足にはめた枷であったが、容易に取り去れるものではなかったのだ。」
【朝がある・48】
(中略)「その枷は、簡単に言えば創作に対する畏怖のようなものだった。それが小説から戯曲に鞍替えすることで、外れたのだ。それは開けようと思って押し続けていたドアが、引いてみたら簡単に開いた、みたいにちょっとしたことかもしれない。それでも効果は大きい。」
【朝がある・49】
以上、前田司郎『濡れた太陽』上刊(朝日新聞出版)より抜粋して引用。
【朝がある・50】
前田司郎さんの『濡れた太陽』で証されている創作の秘話。小説を書こうと思ったらうまくいかなかったけど、実は書く力はすでにあって、それで書いてみたら、どうやら世間で言う戯曲というものができた、と。
【朝がある・51】
これと似たようなことを柴幸男くんの戯曲からすごく感じて、「これ戯曲じゃねーだろ、あえて言えば、詩かなー、う〜ん、なんだか、よくわかんねーけど、わかんねーけど、ま、いいんじゃね」って☆
【朝がある・52】
柴くんの戯曲って、井上ひさしとか、永井愛とかを持ち出すまでもなく、前田司郎とも、松井周とも、明らかに違う。違うけど、いいんじゃねって、この手のタイプって賞とか獲るのにすっごく苦労すると思うんだけどなー、なんで!?(笑)
【朝がある・53】
柴くんって、こういう人で、独自路線行っちゃってるから、太宰をいわゆる太宰という色眼鏡ではみなかった、だからこそ、他の人がなかなか気づかなかったポイントをぐさっと突き刺したんじゃないかなー。
【朝がある・54完】@mama_goto
以上、長々と失礼しました。ままごと『朝がある』は大変刺激的な作品でした。今後もままごと(柴幸男&大石将弘)から目が離せません。こちらも独自に思考を進めて、よい形で新作を迎え撃つことができればと思います。期待してます。ありがとうございました☆
ままごと「朝がある」©青木司
ままごと《感想文》
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